![]() 自分のブログをはじめることにした。 生まれてから今まで、本当にいろいろな土地を動いてきた。家族や、友だち、 出会った人々に、私は育てられてきたし、今も育てられている。 プロフィールにも書いたけれど、私はアラビアの熱砂の中で、国際理解に関心 を持ち、その後、農と出会い、有機農業を土台にアジア・アフリカの農村指導者 を養成するアジア学院と出会った。 国際協力と農がつながり、その農と食べものがつながり、食べものから医食同 源、体の自然治癒力につながった。今、足つぼ(足底反射療法) 修行中。 つながりの中で生かされている。 なぜ、「根っこ」なのか? 大学時代の卒業式にゼミの教授が私たちに卒論文集を作って下さった。その中 に書かれていた言葉・・・・ “人は花を見るが、神は根をご覧になる。 花とは結果で、根とは動機である” 大切なのは、根っこだ。それ以来、私はこの言葉をいつも心において生活している。 根っこは土の中にあって、目には見えないけれど、その見えないものを大切にして いきたいと思った。 根っこは、実は見えている枝や葉と同じぐらい深く、そして広く根を伸ばしている。そ の根っこの周りには、これまた目に見えない微生物や、小動物、が生きていて、寄生 したり、養分を運びあったり、食べたり、食べられたりしている。 だから、友人に送っている通信の名前も「根っこ通信」。私のメールも「生きる根っこ」。 そしてこのブログも「根っこの今」。いつか子供が生まれたら、根っこ?それはないか・・・。 これからもよろしくお願いします。 「つながるこころ」という北スマトラ沖地震被災地にいる、アジア学院卒業生とつながる 活動をしています。是非そのホームページも覗いてみてください! http://plaza.rakuten.co.jp/tunagarukokoro/
04年1月③
最後のアジア学院での冬来年度7月でアジア学院を辞職する。ここは私の土台であり、私を育ててくれた場所でもある。辞職を決心するまで時間がかかった。決心する際に大きかったのは、学院の中ではなく、現実の中で実践がしたいという想い。 大学を卒業し、農業から日本の若者と一緒に考えていけたらと、農業高校で一年間働かせて頂いた。何かを伝えようとする時に、近代農法のノウハウではなく、「いのち」に関わる活動をしたくて、アジア学院で学生として学ぶ。そして、その後4年間働く機会を与えられ、これまでの通信でも書いてきたように、学びや驚きの連続の毎日だった。 今、生活の中にわきでるメッセージをただ感じている。豚小屋で餌をやり、豚たちの糞尿を掃除するその一瞬一瞬に喜びを感じている。そしてその豚たちのお肉を頂くその瞬間、自分の命が支えられているんだって自然に感謝できるようになった。そしたら必要以上のものは求めなくなった。これからは、そんな喜びを一緒に生活で感じあって、伝え合っていけるような活動をしてけたらと思う。 もっと小さくてもいい ![]() 8月以降は、しばらく(半年ぐらい)アジア学院の卒業生を訪ねて友人と旅をする予定だ。卒業生たちが活動しているその現場を見て感じてきたい。彼らが何を抱え、チャレンジしようとしているのか・・・。また旅の報告をします。 旅の後は・・・??『根っこ通信3』でも触れたけれど、『近所のおばちゃん』になりたいという想いは変わらない。多くの人と働くというより、生活の営みの中から、もっと一人一人の魂に向き合って生きたい。一人一人の存在が大切なんだというメッセージをもっと発信できるような、「小さな」「ゆっくりな」活動につながっていけばと願っている。 また、頭でっかちの想い、夢を書き連ねてしまいました・・・。私の頭でっかちぶりに懲りずに、これからも末永くお付き合いください。私のアジア学院滞在もあと半年。まだアジア学院に来た事がないというあなた!是非遊びに来てください。おもしろい場所です。皆様の近況、反論、あなたの思うモモ的活動、教えてください!!
04年1月号②
良いところも弱いところも ![]() 次にモモから感じるのは、一人一人の持つ可能性を引き出そうとする姿勢。弱さも抱えて一緒に何かをしていこうという姿勢。それは、彼女の生きる中でごく自然にアクションになっているように思う。 最近、“プチうつ”のような症状におちいった時期がある。自分の何もかもが小さくて、無力に思えてそこから脱する事ができない。そんな状態。自分がそんな状態になるとは思ってもいなかった。人の良いところはいくらでも見つけて励ませるのに、自分の良い所は嫌な所に負けて気づかなくなっていくその悪循環。だから喜びが心にない。人と比べなくてもいいんだと頭ではわかっていても、どこかで人と比較して、自分を見失ってしまっていた。自分だからできる事、あなただからできる事ってある。そしてできない事も。でも、できない事ばかり数えていたら何もならない。もっとみんなで互いの「いいとこ」ひっぱりあって生きていけたら楽なのかもしれない。そしていいとこ探しは一人ではできない。だからモモみたいに自然に人の可能性を認めて一緒にやっていく姿勢っていいなあと。私もあんな姿勢で生きていきたい。 人間らしく? ![]() アジア学院では、「“自分たちの食べるものを自分でつくる”ことで感性が育まれる」と信じ、『食べものといのちを中心』としたリーダー研修を行っている。これは、リーダー研修というより『人間らしさを取り戻す』ためのエクササイズなのかなあと最近感じている。 リーダーと呼ばれている人たちがより「人間らしく」なる。そしてリーダーとは、誰か特定の人を指すのではなく、日々の生活の中で、それぞれの機会に、違う方法で人を刺激し、導き、また何かを作り上げていく「みんな・人間」を指しているのだと思う。そして私たちがそれぞれの立場で「いのち」を大切にした生き方を選んでいけるんだと思う。リーダーっていうと力がついてまわるから、リーダーなんて言葉もういらないのかも。皆さんどう思いますか? # by ikirunekko | 2005-02-23 20:55
02年12月号③
ねじれの関係 ![]() ある時友人と話をしていて、「接点」というのが話題になった。どれだけ接点をもって自分たちは生活しているのかと。そしてどれだけ自分たちの周りで、ねじれの関係があるのかと。知らぬ間に互いに無関心になっている事が多いのが現実だから。でもどこかでみんな寂しくて、自分の存在に気づいて欲しくて生きている。自分の出会う全ての人と接点を持ち深く付き合うことは偽善なのかもしれない。 でも、マザーテレサが、愛の反対は無関心だと言っているように、すべてに接点をもたなくとも、平和な環境を自分の周りに築いていく事はできるのかもしれない。自分の孤独や問題に直面したときに、私なんかよりももっともっと苦しんでいる人のことを想う余裕が自分にもほしい。悲しみにうずもれるのでなく、それを力として立ち上がっていく根性がほしい。 インスタント・メンタリティー!? ![]() 去年ある研修生が朝の集会のときに話した、インスタントメンタリティーについて。3分間でお湯をかければ出来あがるインスタントラーメンのように、なんでも便利イコール良しとするこの時代。彼の国でもインスタント開発が進出してきているという。人のニーズを考えずに便利なものを取り入れ、発展した社会だという、そんな表面的な開発。 彼は言う、「時間がかかるというのは無駄なことではないと思う」。はっっとした。時間に振り回されている自分。そして、ミヒャエル・エンデの「モモ」という本が自分に迫ってきた。この本の中に時間泥棒たちが出てくる。彼らは、他の 人の時間を糧に生きている。皆がいつの間にか時間に追われ、大切にしていた人との関わりを忘れ、いらいらしていく。時間泥棒たちは必死で自分が生き延びるために誰かの時間を横取りする。そんな中で、小さな女の子“モモ”が人々にゆとりの大切さを思い起こさせる。今、私たちはモモのような活動が必要なのかもしれない。書きすぎてしまっただろうか・・・・。 読み疲れてしまった??? またいつになるかわかりませんが、通信を発信しようと思っています。 皆さんも近況是非お知らせください。みなさんの「うごめいている」人生のお話しや気持ちを私も聞いてみたい! 近くに来たときは是非立ち寄って下さい。お茶を飲みながら話しましょう!私も近くに行くときにはおじゃまさせてください。では、また。
02年12月号②
ひと粒の種と欲 ![]() なぜ自分が土や農から教えられる事が多いのか・・畑に立つとわかる。共に生きる姿勢の原点がそこにあるから。ありのままの姿を受け入れ、支える自然がそこにある。アジア学院では、木炭を細かくして畑に混ぜたり、豚のえさに混ぜたりしている。炭にはたくさんの穴があって(なんと、親指ぐらいの大きさの炭には1億ぐらいの穴があるんだとか!!)、それを土に混ぜる事で微生物の住む場所を提供する!土の視線、生き物の視線、人間の視線。人間は腰をまげ足をまげてもっともっと謙虚にならなくてはいけないのかもしれない。 人間の視点はともすれば自己中心的になりやすい。農業だけじゃない。なぜ差別が、なぜ経済格差が、なぜ戦争が、なぜ憎しみがうまれるのか、それはお金のせいだという人もいるかもしれないけれど、私はGreedのせいだと思う。これもあれもそれもと欲張る。自分の中にうもれている欲のせいだと思う。 豚の出産から思う事 ![]() 今朝、豚が出産をした。10頭生まれたうち、5頭が死産だった。朝早くに生まれたため、寒さのために死んでしまっていた。そして、もう1頭も私の手の中で息をひきとった。震える命がすーっと息絶える瞬間。生きろと願ってもどうしようもない瞬間。悲しいを越えてやるせなさが残る。 これは、多くのアジア学院の研修生が彼らの国で直面している事でもある。栄養失調の子供が親の祈りもかなわず息をひきとるのは何故か。答えは単純ではない。社会の不公正や制度の問題であったり、個々人の無知のせいであったり、なぜ無知かというと、教育制度の不足であったり、男女の差別があったり。貧困は悪循環だ。それぞれの立場でやれる事は無数にある。今の自分にできることは現場で活動する農村のリーダーたちが力をつけてより良いリーダー・仕える人になるその過程を支える事。息をひきとった小さないのちを抱きながらそんなことを考えていた。 # by ikirunekko | 2005-02-23 20:49
この根っこ通信は、99年春に栃木県のアジア学院での学びを始めた頃から、友人に郵送していたお便りです。ブログには小分けにしたり、編集して掲載しています。
==================== 02年12月号① 新年明けましておめでとうございます! 2年ぶり・・・でしょうか。お久しぶりです。お元気ですか?どこで何をやっているのかと思っている方もいらっしゃるかもしれません。アジア学院にて4回目の冬を迎えています。2002年度のアジア学院は、アジアからミャンマー、スリランカ、パキスタン、アフリカからシラリオネやカメルーンなど14カ国から32名の研修生とデンマークや日本のボランティア12名を迎えて学びの生活がありました。共同体で生活し、いのちを支える食べものを中心に自給自足の生活。アジア・アフリカやヨーロッパ等のたくさんの国々から人々が集まる、ユニークな場所。4年目にして何を感じながら日々過ごしているのか、お知らせしたいと思います。 寮を出る ![]() 2001年の夏、2年半過ごしたアジア学院の女子寮を出、一人暮らしを始めた。アジア学院のメンバーとの共同生活は自分にとってすごく心地よい空間だった。でももっと現実的になりたかった。“共に生きるための社会作り”というアジア学院が求め、目指すこのビジョン。アジア学院の中に住み、理解のある人に囲まれ、守られて自己満足しているだけなのではないかと思うようになった。現実の社会の中でどうすればいいのか。自分で食べるものを作り、残ったら土に返し、一人暮らしの中で環境のことや自分のとる行動について考えてみたいと思った。 今、家の前の砂利がひいてあった場所を耕して少し野菜を育てている。あまり手入れをしなければそれなりのものにしか育たない。今、小さな畑を前にして、どんなに自分が頭でっかちであったのかとつくづく思い知らされている。
00年10月号③
今の自分がしたいと思っていることは、「場」づくり。 この混沌とした世の中で、人は(自分は)どこか心静まれる場が、祈れる場が、そして誰かと目と目を合わせて話せるような場が大切なのではないかと感じている。 森に入った時に、大きく深呼吸をするような場。ふと、人間の持つクリエイティブな一面を刺激されるような場。漠然としているけれど、それは今の自分のこれからについて思い描く場作りの構想。 今までいつも想いの中にあった国際協力。なにか心に届くような農業教育への想い。自然からの恩恵。自分の大切にしている人間の中にある創造性。神様の存在。神様が自分を愛し、このように生かしてくださっている事への感謝。アジア学院の目指す「共にいきるために」というモットー。自分の中に存在するどろどろとしたものとの対面。心のそこからわきでてくるようなジェラシーや先入観。などなど・・ 今までのいろんな事を自分の中で思い返しながら、今は「近所のおばちゃん」みたいな存在になりたい。近所のおばちゃんとして、何か当たり前の行為から働きかえられたらなあ・・。なんて考えている。 それは、家庭かもしれない。それは学校かもしれない。NGOかもしれない。もしかしたら農をとしてかもしれない。どのような状況にあっても、そして今はアジア学院という現場で、雰囲気作りや環境づくりみたいなものも視野に入れながら生活していければと思う。 まったく、いつまでたってもカオリはあまっちょろい・・・と苦笑いの方も多いかもしれない。 でも、これが今の私の心境。
00年10月号②
昨年、パプアニューギニアの同級生が、日本に来て、「開発とはいったい?」と考えさせられたと言っていた。「日本の人は、自分たちが過去に何をしたのか、そして今何をしているのか知らない人が多い。そして、自分の国ははってんしていると言っている。コンクリートに囲まれて生きる事、そして自分のしている事に無関心になる事、それが開発の行き着く先だとしたら、私の国に開発はいらない。」と。 戦時中に、パプアニューギニアは日本軍とオーストラリア軍の戦場となった。その時に彼の父親は、日本のために戦ったのだという。日本の敗戦で終わったものの、日本軍のために戦ったことを誇りに思い、自分の苗字をシミズと変えたのだという。私は彼の名前を聞いた時、そんな歴史を知らなかった。「日本人の名前みたい!」と単純に喜んでいた。 日本は50年前に戦争でパプアニューギニアに侵略し、そして現在は紙の原料となるパルプ材のために、森や、原生林を荒らしていると聞く。森は一度死ぬと、元に戻るには、100年以上の月日がかかる。そこに住む彼らの文化、伝統、命がかかっている。私たちは手を汚していないけれど、世界中でおきている環境破壊や、人権問題に間接的に関わっている。 それぞれの場所でそれぞれの問題があるのは、当たり前のことだけど、考えさせられた。 ある、インドネシアの人がこう言っていた。「かおり、日本人は食べものがあって、物があって、ある程度物質的に満たされているから食の自給だ!国際協力だ!自助努力だ!とさけべるのではないか」「だから、シンプルライフや有機的な生活にあこがれるんじゃないか」「でも、自分たちは望んでシンプルな生活をしているんじゃなく、まずしくてシンプルなだけ。」と。 確かに、物質的に豊かなゆえに、何かを思考的に考え、行動する事ができるのかもしれない。そういわれても過言ではないかもしれない。 でも・・・・・・・。物があるとか無いとか、貧しいとか豊かとか。それに関わらず、人に共通する心の奥深い満たしや、平安を求める心。あるんじゃないかなあと考えているのは、まだおしりが青い証拠(!?)だろうか。 クレーの絵本の中の、谷川俊太郎さんの詩を思い出す・・ 「黒い王様」 おなかをすかせたこどもは おなかがすているのでかなしかった おなかがいっぱいのおうさまは おなかがいっぱいなのでかなしかった こどもはかぜのおとをきいた おうさまはおんがくをきいた ふたりともになみだをうかべて おなじひとつのほしのうえで
この根っこ通信は、99年春に栃木県のアジア学院での学びを始めた頃から、友人に郵送していたお便りです。ブログには小分けにしたり、編集して掲載しています。
==================== 00年10月号① アジア学院ではさつまいも掘りが始まりました。 私にとって、2年目の学院での秋。2年間のアジア学院日本人学生としての学びを終えて、今は総務スタッフとして、アジア学院に就職。 一言でこれまでのアジア学院での研修の一年間を表現するなら、アジア学院のモットーでもある「共に生きる」事をいろんな機会を通して学んだ一年だった。多くのアジア・アフリカの人たちとの喜怒哀楽な人間関係は、今の自分の宝でもあり、2年目の今なお、ヒューマンクラッシュの連続だ。 豚と私マップ アジア学院ブタ部門では、最近給食センターで重油をかけてまで燃やしていたという給食残飯をひきとり、米ぬかを混ぜ、発酵飼料(腐らないし、微生物の働きでブタには良い)にしてブタのえさにするということを始めた。たいていの畜産のえさとなる配合飼料は、アメリカからの輸入物だから、なるべく地域にある資源を使っていこうという試みだ。 夏に、地元の小学3年生が総合学習の一環として学院に見学に来た。ただ、学院をまわるのではおもしろくない。何かテーマをもってやろう!と企画したのが、『私とブタのつながりマップツアー』。オリエンテーリングのように、学院の農場にいろんな問題をはり、地図をたよりに問題を解きながらまわっていくというもの。 ブタ小屋の所に来ると、自分たちの食べ残した給食がどのようにして再利用され、ブタのえさになり、そしてそのブタが出した糞尿が、どのようにしてバイオガス(ブタや牛などの糞から発生するメタンガスの事)となって、台所で使われているのかを、見て感じられるようにと企画した。 ごみは捨ててしまえばごみに過ぎない。目の前から無くなってしまえばどんな風に処理をされようと気にしない。でも、ごみは工夫すれば、ごみではなくなるのだという事を伝えたかった。 ごみをどう処理するのかだけでなく、私たちがごみを出さぬようにするには、どうやって大量生産、大量消費のサイクルの中から抜け出せるのか。当たり前だと思って生活してきた、この生活スタイルを、ちょっと立ち止まって考えられるようなひと時。私たちには必要ではないか。
99年秋号②
「都会で、隣に住んでいる人がどんな人か知らないというは本当か!?」と、パプアニューギニアの友人がびっくりして聞いてきた。アジアや中近東を旅した時、あふれてはみだすほどのバスの中で、まるで皆が知り合いなのではないかと思ってしまうほど、親しく話したり、笑ったり、けんかしていた現地の人々を思い出す。一人が果物を取り出すと、いつのまにか私のもとにも一切れ回ってくる。噛みタバコを一人が手のひらで調合し始めると、周りの人々にもケースがまわってくる。 どう表現すればよいのだろう・・・あの気さくな人たちがすごくうらやましかった。 ここアジア学院に集う、アジア・アフリカの人々の多くは、自分の住む農村地域の人々のために働いている人々。人間くさい人が多い。 「あ~なんでこんなに自己主張が激しいんだろう・・・」とか「協調性がない・・」と叫びたくなる事も。言う事と行動とのギャップにうなされる事もある。 アジア学院のモットーである、「共に生きる」こと。また、「違いを認め合う」ことを実践するのはなかなか難しい。 この8月に、一人のエチオピアから来ていた同級生が、病にかかり、母国での治療のために帰国した。リンパ腺悪性腫瘍。 そんな彼が、最後に語った言葉がすごく印象的だった。 「自分は、日本での最高かもしれない治療ではなく、母国での治療を選ぶ。家族のもとで、自分は治療を続けたい。病の癒しは、神様から来るものだと信じている。この病気を通して、自分は神様からエチオピアでのミッション(使命)を与えられているのだと信じている。」 なんでもない言葉のようだけど、病気の治療以上に、神様や、人々からくる心の満たしを彼は知っているのだと思う。一人ひとりの道のりは、偶然に生まれてくるものでなのではなく、一つ一つに時があり、意味があるのだと。 彼と話したい事が、実はたくさんあった。でも、彼の強烈な個性を受け入れられなかったり、いつでも話せるとか、明日でもいいかとか、自分はいつも後回しにしてきた。そして、彼は今もういない。 今、何が大切なのか、日々この瞬間を大切にして精一杯生きていたいと思わされる。
この根っこ通信は、99年春に栃木県のアジア学院での学びを始めた頃から、友人に郵送していたお便りです。ブログには小分けにしたり、編集して掲載しています。
===================== 99年秋号① 黄金色に染まっていた田んぼの稲刈りが始まり、涼しい風が心地よい季節となりました。皆様いかがお過ごしですか?早いもので、アジア学院に来て、6ヶ月が過ぎようとしています。 アジア学院での生活を通して、小さな小さな種から芽が出て育つ姿、土の中の微生物の存在に驚いている。病害虫に対処する事の大変さを感じつつも、自然を壊すのではなく、自然と添いながら生きていく農業のあり方があるのだという事を学んでいる。 自然農法で有名な福岡正信さんが、アジア学院で講演会をした時に、「人間が中心になって農業をするのか、自然が中心になるのか」という事をおっしゃっていた。これは、私たちが生きていく上でも大切な視点なのかなあと思う。 田植えは、5月中旬に行われた。皆で一列になり、裸足になって田んぼに入る。 稲の苗を育てて、移植するのは、苗を守り発芽率をあげるだけのものだと思っていたが、今回田植えを通して、移植の際に、根切りをし、土を払い落とす時に根っこに刺激が加わり、根っこを強くする意味もあるのだという事を新たに学んだ。 アジア学院の創設者高見先生が、授業の中でこんな話しをしてくださった。 私たち一人ひとりを苗床で育てられた後、根切り(Up Root)し、移植(transplant)され違う土地に移される一本の稲の苗にたとえ、私たちの人生にも、移植作業が大事なのではないかというお話し。 自分自身の成長を植物にたとえると、苗床で大切に育てられた後に、畑に移され、虫に食われ肥料不足になったり、あわてて育ちすぎだりしつつも、自然や周りとの関係やいろいろなハプニングを通して、大きくなっていくそんな私。 アジア学院では、有機農業を実践しているが、農薬は使わないから、雑草の対処は深刻。そこで合鴨に活躍してもらっている。合鴨が田んぼをすいすい泳ぎながら、害虫や雑草の芽を食べてくれる。しかも、合鴨が泳ぐ際のパドリングで、酸素が土の中に入り、しかも稲の根っこを刺激するから、稲がたくましく成長するのだそうだ。 他の田んぼに比べて成長は遅かったが、合鴨のおかげ(!?)で、8月はじめに出穂し、立派に育っている。自分の食べていたお米はどこで作られたものだったのかなあ・・・そんな事を考えながら、この間、黄金の田んぼに入って、ヒエ抜きをした。収穫は間近です! ![]() 99年春② アジア学院には大学2年の夏(‘96)に一ヶ月間ボランティアとしてお世話になった事があった。姉から紹介され、農業と国際協力とを一緒に体験したいと参加した。農作業には参加できなかったが、一ヶ月間台所で過ごす。 農場でとれた野菜が台所に運ばれ、それを調理しながら、顔の見える生産・消費サイクルの大切さを感じた。何か特別な事が起こったわけではないけれど、たったの一ヶ月間が自分にとってすごく印象的で自然だった。 今、再びアジア学院にいる。有機農業を実践したい。様々な人・価値観・生き方に出会いたい。そしてじっくり自分の将来の可能性を見つめたい。そんな想いでここに来た。農業や食物の事、生きる事、人間や自然との関係作り、そんな自分たちの足元を見つめる事が世界につながっていくのではないかと思っている。 理屈でなく、体で、心で、とらえていきたい。 アジア学院に来て、2ヶ月が過ぎようとしている。毎日いろいろな事が起きる。今年(99年度)は、11カ国、21名の研修生がここで学んでいる。 畑作業や草むしりをしながら思うのは、国籍の違いや文化の違いよりも、共通点の方が多い事。笑いのつぼ、悩み。毎日が素敵な学びになっている。 自分はここに来て、何かしなくては!というよりも、日常生活の小さな一つ一つの出来事を大切にしたいと思わされている。ちょっとした会話だとか、ほっと一休みする時間だとか、農作業している時だとか。そんな日常の中に、大切な学びが隠れているのだと思う。 ![]() この根っこ通信は、99年春に栃木県のアジア学院での学びを始めた頃から、友人に郵送していたお便りです。ブログには小分けにしたり、編集して掲載しています。 ==================== 99年春① 国際協力に携わりたいと願い始めて数年がたつ。 父親の仕事の関係で、小学生の時に3年間アラブ首長国連邦ドバイに滞在。 帰国後沙漠と何らかの形で関わっていたいと、東京農業大学国際農業開発学科をに進み、農業援助や農村開発などの地球規模で取り組んでいかなくてはならない多くの課題について学んだ。 はじめの頃、国際協力というのは、自分が現地に赴き何かすること、変わるべきは現地の方々だと思っていた。そんな中、アジア・中近東の国々を旅する機会があり、様々なことを考えるきっかけとなった。何よりも、自分自身の生き方を省みずにはいられなかった。 生活の豊かさや貧しさというよりも、日本(私)の心の現状を想った。物質的に満たされている日本。先進国と呼ばれ、“DEVELOPED(発展)”したと言われているけれど、いったい発展するとはどんな事なのだろう?自分が見、出会い、感じた事は、その国のほんの一部に過ぎないけれど、彼らのたくましさや彼らの人間らしさを思うとき、国際協力とは何なのかという事をもう一度考えさせられた。 私の持っていた偽善的な「助けてあげたい」的国際協力観から、互いに影響を与えながら、共に歩み、心のあり方をも見つめなおせるような、国際協力(共存)を目指していきたいと願うようになっていった。 同時に、南北問題の原因・構造を知り、自分たちに何ができるのかを考える、開発教育という取り組みがあることを知った。自分と南北問題を別々に考えるのではなく、そのただ中に自分は存在しているのだという事を忘れないようにしたいと思うようになった。 昨年度一年間、山梨県立の農業高校で期間採用教師として働く事を許され、果樹の授業を担当した。今までの受身の姿勢から、何かを伝える側に立ち、戸惑いの一年だった。 「ださい・汚い・きつい」と農業をいやがる高校生。農作業をしながら、「俺たちは労働者だあ!」「金くれ~」と冗談まじりに言う彼ら。 「今時なんで、さくまっち(その頃のニックネーム)は農業なんかやるの?」と不思議がられたり。先生として何か教える事はできなかったけれど、畑で共に体を動かして農作業をし、収穫をし、たわいもない話しをし、笑い、悲しみ、怒り、恋相談をした。時に誤解されたり、生徒を先入観で見ている自分に気づいたり、自分の弱さを知る良い機会でもあった。 農作業をしているとどうしてこんなに自然な気持ちになれるのかと思う。今まで海外に行って何かすることばかり考えていた自分だったけれど、この一年間を通して、日本で農業教育のような事をしたいと思うようになった。 私たちは、それぞれ「自分」という世界を持っているのだと思う。国際協力というのは、日常生活の中で、それぞれの世界を持つ一人ひとりが、お互いの国境を越えて交わり助け合っていく事ではないか、人間関係を築く事ではないか。そんな事を感じている。 人や生き物や自然との関係を通して、自分自身と向き合い、他人と向き合い、そして神様と向き合う事。国際協力というのは、自分にとって、身近な事から見つめなおしていく過程であるように思う。
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カテゴリ
”根っこ”のあれこれ
1976年神戸生まれ 小学6年から中学2年をアラブ首長国連邦ドバイで過ごす。将来は砂漠の遊牧民になりたいと夢見る 国際理解と砂漠の生態系(自然と農業)に関心を持つ 94年~農業系大学で学ぶ 98年~山梨県生活 99年~栃木県アジア学院で1年間、有機農業と国際協力について学ぶ。その後04年6月末まで学院スタッフとして働く。 04年8月~12月 アジア各地を旅する 帰国後、北スマトラ沖地震・津波発生→友人たちと共に、被災地のアジア学院卒業生とつながる活動「つながるこころ」を立ち上げる。 現在、足つぼ修行中 ==アクセス下さい!== 「つながるこころ」北スマトラ沖地震被災地への活動 http://plaza.rakuten .co.jp/tunagarukokoro/ アジア学院(アジア農村指導者養成専門学校) http://www.ari-org.edu ライフログ
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